第17回ヒカクテキ読書会「雪沼とその周辺」報告その1

17回ヒカクテキ読書会 1110日夜7時半より

『雪沼とその周辺』堀江敏幸

 

Njさん(今回の選者)

あんまり盛り上がる話でもないのかと思いながら、前からこれは好きで読んでたので、一度みなさんと読んでみたいなあと思って、こうして取り上げられて良かったなあと。

じゃあ、一通りみなさんから感想をお願いします。

 

Hさん

この作家さんの名前も初めてで、読むのも初めてだったんだけど、想像以上に良かったです。素敵というか、チャーミングというか、文体がはっきりしてる人がどちらかといえば好きなんだけど、独特のリズムがあって、書いてある内容も「しみじみ」と、良いお話で、最初に読んだ時は「吉田健一」っていう作家にちょっと文体が似てるなあと思って、それからまた読むと「村上春樹」にも少し似てるなあと思いました。

この描かれている内容は、特に一番最初の「スタンス・ドット」が印象深くて、どれも人の機微みたいなものが描かれているんだろうけど、すごくしみじみとしてて、特別な人を登場人物にしてるんじゃなくて、ありふれた人たちなんだろうけど、ひとりひとりの人生が細やかに描かれているというような、ありきたりの感想で申し訳ないんだけど。
しみじみと優しい気持ちになるような。

 

Haさん

日常生活を切り取った感じ。起承転結がはっきりあるんでしょうけど、それよりも、一部分を切り取ったような感じと、なんかちょっと、私は読んで寂しい感じがしました。なんかしんみり、歳を取るってこういうことなのかなあって思いながら、寂しい印象の日常生活。で、みんな色々あるんだろうなあ、って思った感想。でした。

 

Kさん

私は最初の数編を読んだ時に、「あんまり合わないかなあ」「自分の好きなタイプじゃないかもなあ」ってちょっと思って。起伏があんまり無いじゃないですか。私の好きな感じじゃないと思ってたんですけど、ひととり読み終わって、最後の解説を読んでちょっと分かった感じが、なんか「全体の造り」というか。
そういう起伏が無いっていうことの、それは「過去の延長」として「色んな出来事があったうえでの今」が描かれていて、ただイベントごとが無い世界なのではなく、それを(イベントを)経た結果の人々を描いているとなったらまた見方が変わるなって思いました。

そう、最後の解説まで読んでやっと面白かった(笑)

雪が使われてる地名って無いんですね。びっくりしました。有りそうと思いつつ。そんな感じです。

 

Nam(わたしです)

私、私はもう好き!(笑)

何が好きってもうこの最初の方の4行目「メンテナンスにやってくる担当者さえめずらしがるコーラの瓶の自販機の」っていうここにきた瞬間にもう「わあ、好き」と思った。もうこの文の流れ。これ一発でもう好きって思った。

この後も好きな文ばっかり。

だけどこれってほとんど全てが「喪失の話」なんだよね。登場人物が大事な人とかものとかをそういうものを亡くしているんだよね。で、「喪失を経験した人間が、でも日常を送っている」っていう話。

そういうところも良いんだけど、これさあ、結構「変」。

一見とっても、なんだろう、ありきたりなものをありきたりに良いように書いてるように思うかもしれないんだけれども。

この短編、相当変だって、思わなかった?何が変って、この結末。これ、どれをとっても結構、結末が変。

 

例えば「河岸段丘」。これで、なぜか右足が沈むような感覚がある。

これね、例えば背が非常に低い人とか、耳が聞こえない人とか、けっこうそういうハンディキャップのある人がでてきて、そういう人の感じている感覚的なものが、けっこう細かく描写されてるんだよね。

で、「河岸段丘」なんて、「何だかわかんないけど右足がちょっとだけ沈んでるような感じがする」っていうそれだけの話。なんだけど、それがものすごくリアルに実感できて、ちょっとこう右足を踏んでみる、「ちょっとだけ右足が沈む感覚ってどういう感じ?」って、やりたくなる。

これが途中で修理の人を呼んでさ、うつらうつらしてる時に「俺もヤキがまわったぜ、右足のここだけボルトがゆるんでた」で、「あ、それで正解か!」って思ったらそれが夢でさ。
で、結局原因はわかんないんだけど、ここのラストでさ、夢の中で「腕の力が衰えたんだな…右腕が細い針金のようになってて、今にも折れそうだ」って、それから自分でも「脚も手も針金よりも細く頼りない」感覚を得て、悲鳴をあげて目を覚ましたらさ、更に、「大きなガラス越しに、狭い通路のむこうで寝転がっている青ちゃんの真っ白な髪が、どろんと白子を散らしたようにひろがっている」これがラストなんだよ。

 

何なのこれ?って思わない?

不思議な感覚の夢から、悲鳴をあげて目を覚まして見た風景。それが「真っ白な髪が、どろんとした白子を散らしたように広がっている」だよ。何とも言えない不思議で変でしょ?

でもさ、他にも似たような結末、「え?」っていう変な描写の結末がいっぱいでてくるの。この人のこの感覚、面白い、変~この人~、って思った。

なんだろう、全然、お行儀が良いとか、上品とか、そういう話じゃないよね。この人のこういう感覚、変なんだよね。

 

Hさん

そう言われてみれば、体の不自由な人がどの短編にもでてくるような感じだね。

 

Nam

最初の耳が聞こえない人がさ、耳が完全に聞こえないんじゃなくて、調子が良くなったり悪くなったりする。その「曖昧な感覚の振れ幅」、そういうのがとってもリアルに自分にも「わーんとなって音がこもったり、クリアに聞こえたり」そういうのがとっても面白い。

いちいちあげてたらきりないんだけど。

 

ただね、この解説、ちょっと良く読んでないんだけど、この人にめっちゃ異議があって(笑)

「送り火」の書道家の先生、陽平さんのことを「この書道塾の先生である陽平さんは、話の始まりではあまり魅力のある男性ではないかのように描かれる」って書いてるじゃん。

もう「異議あり~!」って感じ。もうびっくりしちゃった、そんなこと言われて。

だってさ、この冒頭の、「色気ダダ洩れ」?

「やっぱり、買ってきたねえ、と少しかすれ気味の声で、ゆっくりと言葉をかみくだくように陽平さんは言うのだった」だよ?

「話し言葉のリズムは自分の心拍数にあわせるのがいいよというのが持論で、ひょろりとしてすぐにも折れそうなくらいきゃしゃな体つきだが」で、こっからさ、「一回のね、鼓動で、運ばれる、酸素の量が、たぶん、ひとさまよりも、多いんだろうね」って、この人の話し言葉のこの区切り方。

これさあ、誰も同意してくれないかもしれないんだけど、陽平さんのこと色気ダダ洩れ?これさあ、もう堪らないものがあるよ(笑)

もう「すっげ!色気ダダ洩れてる!」と思って、思わず作者の写真を何度も見たんだよね。「男の人だよね?」と思って、これを書いたの。「え?この人が?…男の人だよね?」ってホントに思ったの。

ある種の、例えばサロメってあるじゃん。あのサロメ本人がこれ読んだらきっとめろめろになるよね(笑)枯れ木のような男が好きなんだもん。

ちょっとこれは異議ありだよ、もう分かってないなあ(笑)

と思いました。

 

Saさん

私も、最初の印象は、村上春樹に似てるなあって思いました。なんかこう、淡々としてて。すごい心地いい感じで。

きっと舞台って、長野とか、岐阜とか、そのへんなんだろうなあって思って。私はけっこう上高地とかよく行くので、なんとなくその辺の景色を思い出しながら、読んでました。

で、登場人物がみんな「さん」付けででてきて、そのへんも、なんかちょっと心温まる感じで。

自分と同姓の人が、悪い人じゃなくて良かったなって、思いました(笑)

 

Njさん

なんかちょっと、「心の温度があがる」ような、ね。

じゃあ、重なることもあるんだけど、しゃべります。

僕もなんか、立ち読みとかした時はなんか「何も起こらないなあ」みたいな感じで、ちょっと面白くないかなあって思って、で、たぶん僕がKさんの年齢だったら止めてたかなあって。もう60過ぎてくると、こういうのがしみじみと共感したりできるようなところがあって、特に何も起こらないんだけど、親近感がわく登場人物ばかりだなあ、と思って。

で、今気づいたんだけど、名前が本当に普通の名前しかでてこないね。どこにでもいそうな名前でね。

僕がいいなというか、心動かされたのは、悲しい話があって…詳しくは書かれていないんだけど、やっぱりぐうっと涙がでそうになるような部分があって、例えば「イラクサの庭」かな…この先生がどうも息子さんと離れ離れになって…。

 

Hさん

自分の息子なの、これ?

 

みんな

そうじゃないかなあ。そうだっていう含みだよね、きっと。

 

Njさん

はっきりは書いてないんだけど、そうだろうと思わせてるようなところが、やっぱり、うるっとくるんだよね。もう歳だから。

 

Nam

これちょっと、ミステリーだよね?

 

Njさん

そうそう、そういうところもね。

 

Nam

いまわの言葉が何か?っていうミステリー。

 

Saさん

コリザっていうね。

 

Njさん

後は、あの「送り火」の、息子を亡くして最後のさ、ランプをつけるっていうのが、読んでる時には最初わからなかったんだけど、振り返ってタイトルみたら「送り火」ってなってて、ああなるほど子供の魂を送るっていう、そういう意味があったんだなあと思うとジンときてしまった。涙もろいけんね。

 

Nam

でも、これは涙でるよね。

「いまからでも持たせてやりたい」ってね、ランプを。あそこはね、ちょっとくるよね、ぐっと。

 

Njさん

あとはね、人物で可笑しいなあと思ったのは、例えば「河岸段丘」の青島さん。青島さんが修理に来てくれるんだけど、紹介のところに「機械いじりが三度の飯よりも好きだというわりに、青島さんは不器用である」って書いてあって、なんかガクってくるんだよね(笑)

「三度の飯より好きだという」ってそこまで読んで、「これは上手い人なのかな」って思ったら「不器用である」ってね。なんかこういうタイプの人が、けっこうでてきてて…。

 

Nam

あの料理を作る人もね。決して研究もしないし、美味しい訳でもないってね(笑)

 

Hさん

まあ、不器用な人たちがね。

 

Njさん

そうそう、不器用な人たちが集まっていて。

で、あの「送り火」のお母さんが、陽平さんを見て気に入る理由っていうのが、こういう風に書いてある。

「母親は母親でまたちがう基準から陽平さんを眺めていたらしいのだが、自分よりも遅いペースで話す男の人をひさしぶりに見たと言ってしまいには納得してくれたのである」

これもまたいいなあ、と思ってね。

 

Hさん

Njさんじゃない?これ(笑)

 

Njさん

なんでもかんでも早くなってるから、お母さんとかついていけないんだよね。昔ながらの話のテンポの人を見て、良い人だっていう。

で、「そういう価値観が生きている世界」。無視されないというか、そんなのつまらないと言ったりはされないところが良いなと思って。

でね、僕が好きだったのは、「レンガを積む」なんだけど、安西さん。安西さんはこんな風に紹介されて「不世出とうたわれたあの演歌の歌い手が大好きな安西さんは、なにかといえばそれをかけてくれと言い、あとは浪曲一筋で通している」っていうんだよね。

で、その後、かかっていたシューマンの交響曲を止め、フィッシャー=ディースカウの歌う「美しき水車小屋の娘」をかけた。そしたら…(笑)

最後の何行かなんだけど、「十数秒後、そろそろかと視線を移すと、安西さんが口をすぼめた思案顔のまま、でもひどく心を打たれた乙女のように頬を赤らめて、レジの横に立てかけたジャケットのほうにちらりと目をやるのが見えた」って。

安西さんいいでしょ?(笑)演歌しか聞かない浪曲一筋の人が…。

 

Nam

これ、この人の持ってた「魔法」が復活したんだよね、ここで。

 

Njさん

あ、そういうことだよね!

 

Nam

だから、まわりがどんどん新しくなってCDになって、それで今まで自分の特技としてお客さんにうまく選ばせる。それを読み取って、かけて、お客さんがジャケットに目をやってそれを購入する、っていうこの人の持ってた「魔法」が消えちゃってたんだよ。

こういうノスタルジックな場所で、ノスタルジックな店を開いて、その中でやったら魔法が復活しました…っていう話だよね。

とってもイイと思う。

だから、みんなノスタルジックだよね、この本の中ね。

 

Njさん

そうね、ノスタルジックだと思う。

 

Nam

だから、今の無機質な世界じゃなくって、全てが有機的な世界だよね。

だからさっきの…口挟んじゃってイイかな?…青島さん。機械の修理にくる青島ちゃん。

青島ちゃんが、不器用な人じゃん?機会いじりが上手なのに。

で、この人が機械に関して持論を述べるところがあるでしょ?

「なべちゃん、修理は部品の取り換えじゃないよ」って。

「俺のこしらえた機械の調子が悪くなったら、外から手を触れただけでどこがいかれてるか、たいていわかるんだ」と。つまり分解しなくても触っただけでわかると。

で、「触ってわかるのは、すべて分解して組み立てられるような、単純な構造を基本にしてるからだよ」って。

「不格好な機械だっていわれるけど」って…。

ここがイイんだよ!「中身は機械自身がいちばん動きやすいようにできてるんだ」

ここイイでしょう?

これってさあ、機械の「基本」じゃん?

もともとの、人が造って、人の手でそれを調整したり弄ったりしながら、それを使ってきた人間の…もともとじゃん。

それがいつの間にか、難しくなり過ぎて、人の手で造れないものになっていったじゃん。コンピューターでもなんでもね。

だからこれって、車でもなんでも、修理ができた時代の機械。いつしか、修理するよりも買った方が安いですよって時代にいつしかなっちゃってたけど、そうじゃなくて、機械というものと人間というものが「共存」できてた時代、だよね。

 

Njさん

そうね、それこそテレビが映らなくなったら、叩いたら直る(笑)

 

Nam

中身をだして、水をぶっかけて洗えば直る、みたいな(笑)

 

Njさん

うちのオヤジも車とか好きで、プラグの隙間はどれくらいがいいとか言ってて、スレートをこうやって自分でやったりしてたんだよね。僕もそういうところがあるんだけど、もう車とかどうかなっても自分じゃどうしようもないよね。昔乗ってた車がいきなりエンジンがぐーっと回転数が低くなって、おかしいと思って販売店に持ち込んだら、もうね、コンピューター制御なんだよね。だからもう自分じゃ全然手出しができない。そうなっちゃったなっていうね。

 

Nam

余談だけどさ、テレビの番組のこれ知らない?(なんでも直してしまう家電修理人今井さんの話をする)

とっても人気があるんだけど、そういうのって、やっぱり心温まるんだよね。直って、持ち主が躍り上がるように喜ぶ。もう駄目だと思ってた思い出の品。だから、物がただ物じゃなくて、思い出なんだよね。いろんな人との。そして、喜ぶ人の姿を見て、見てる方も、ああよかったなと思うという。

 

Hさん

ただ、話は変わるんだけど、この「スタンス・ドット」っていうこれ、読み終わった瞬間はHaさんが言われたみたいに「わびしい~!」って気持ちにすごくなった。

なんともいえず「わびしい~」この、胸に風が吹き抜けていくような侘しさはすごく感じた。

まあ、それが嫌っていうのとはちょっと違うんだけど「わびしい~」…。

 

Nam

ね、時代と共に無くなって行くものって感じだもんね、これ。最初の一編はね。

でも、これ、あれもイイよね?ずっと関連があるじゃん。「あそこの料理教室で習った」っていえば、「あ、あそこの話」ってなるし、「河岸段丘が」ってでてきたり、ちょろちょろちょろちょろ、話が繋がっているよね?それもちょとイイよね?

せま~い、まさに「雪沼周辺」。みんながどこかでなんか繋がっているっていう。

 

Hさん

でもね、ほんと、20代の人が読むのと、年代によって随分違うよね。

 

みんな

そうだよね。

 

Nam

Kくんが、あと30年後にこれを(笑)

 

Njさん

涙ながらに読んでて(笑)

 

Kさん

でも、いつか今あるものが若い世代にとって古いものになって、っていうことは起きますからね。

 

Nam

ただ、これってやっぱり時代もあって、丁度この時代に私らの年齢が嵌まるんだよ。

 

年配勢みんな

そうそう。

 

Nam

だから、今あるモノが古くなるのと、ここに出てくるものが今古いっていうのとは、ちょっと感覚が違う。

だから、CDとかダウンロードで音楽を聴くっていう世代の人と、レコードを、こう針を乗せて、ぷつぷつぷつって言いながら音がでていく、しかも、回転数を変えて33回転とか45回転とかつまみを回して、それを操作したことがある人とない人じゃ、全然違うわけじゃん。

だから、申し訳ないけど、ここに出てくるものって、私らリアルに分かるの。

 

Njさん

イメージっていうか、実際見たことあるなあっていうものだから。

 

Kさん

みなさん、レコードって使われたことあるんですか?

 

年配勢みんな

あるある。

(ここからはしばらくレコードがどういうものなのか、音的にはどうなのかの談義)

 

Nam

音って、何が人間の耳に心地いいのかっていったら、クリアであればいいというものでもないんじゃないかと思うんだよ、人間は精密な機械じゃないから、ちょっとしたあそび、きっちりはまるんじゃなくて少しカタカタする遊びの部分、そういう少しの雑音を含んだものが人間には心地いいんじゃないかって思うし、私はそういうものが好きなの。

で、たぶんこの話はそういう話だよね?

あのボーリングのピン、わざわざ古~いのをこのボーリング場の人は使っててさ、「音が違う」って言うんだよね。

 

みんな

確かに確かに。

 

Nam

で、それってたぶん、めっちゃ明快な音ではないはずで、ちょっとした「くぐもり」を持ってる音なんだろうと思うんだよね。

だから、そういう世界なんだと思う、これは。

 

Njさん

なんか、「耳の人」って感じがするよね。

 

Hさん

この人は、他の作品もこういうしみじみとしたものばかり書かれているのかな?

 

Njさん

しみじみとしたのもあるし、ミステリーじゃないけど謎解きみたいなものもあって。

 

Hさん

賞もいっぱい取られてるから、実力者なんだろうね。

 

Njさん

東大のフランス語科にいってる人で、N先生と同じところ。

他の作品では、フランスを舞台とした「絵葉書に書かれた詩人をずっと追っていく」みたいな。それは随分これとは作風が違うなって思う。

じゃあ、ちょっと共有で聞いてもらおうかと思って用意したものがあって、先ほどの安西さんが顔を赤らめてたやつを。

(作中に出てくるフィッシャー・ディースカウの歌う「美しき水車小屋の娘」ですが、zoomの詳細設定の不備でみんなには聞こえず残念)

 

Nam

これさあ、この人、結構ユーモアの感覚あるよね?そこがいいんだよね。

 

Njさん

そうそう、あるあるある。

 

Nam

みんなはどうだか知らないけどさ(笑)

この相良さんが「ピラニア」でぬる~いそうめん食べさせられるじゃん?氷が無いのに、「井戸水だからもう冷えてる」とか言ってこのお爺さんが(笑)

で、お爺さんが歯の抜けた口でこうちゅるちゅるってそうめんを啜るシーン。これ可笑しいんだけどさ。わかるよね?年寄りって、もう息が続かないからさ、吸ってるんだけど途中で息が止まっちゃって(笑)吸い方にむらがあって、最後に必ず長~いのが一本残る、と。吸いきれなくて(笑)

「そこまでくると息が切れて、鳥がミミズを呑み込んでいる時みたいに餌が揺れるんですよ」最後に吸いきれなくて残った長いそうめんが一本口からたれたままブランブラン揺れるってさ(笑)

「揺れるばかりじゃなしに、撥ねて、くるくる円を描く。あぶないなあ、こぼしそうだなあ、と心配してたら、案の定、ぴっ、ぴっと撥ねて、ご覧のとおり。」で相良さんのシャツにツユが飛んだ。

こういう描写の上手さがすごくてさ。ユーモアの感覚がすごくあるんだよね。

 

で、これってほんとにそうだからさ。リアルなんだけど、よくこのシーンでこれを引っ張り出してくるなあってところがいっぱいいあって…。

記憶の蓄積の中からね、よくこんなピッタリのものを引っ張ってくるなあって(笑)

年寄りって、ホントに最後までそうめん啜れない、これがもう私は可笑しくって。

 

ほんと、「ラストが変!」っていうのとさ。

「途中の描写が面白い」っていうので、全然退屈しないで読んだよ。

 

「送り火」の絹代さん。この絹代さんの実家が実は養蚕をやってて、それで「絹」って名前をつけたとか、段々上手に何かを解き明かしていく。で、どんどん読んでるこちらにも蓄積していく。っていうのが上手いんだけどさ。

この名前に関して同級生がさ言うじゃない?「あたしは肌がつるつるさらさらして絹みたいだから絹江になったの。絹代ちゃんみたいに蚕を買ってるからつけられた名前じゃないよ、と一文字だけ名前を共有していたともだちが突っかかるように言った台詞が、絹代さんの顔にまだこびりついている」

こんなことさ、どっから引っ張り出してきた!?ってさ。

別にこの本筋には全く関係ないんだけどさ、うまくこんなに面白いことを組み込んでくるなあって思って。なんかこの絹代さんの記憶にありそうなことをさ。

ありそうでしょ?

 

みんな

ありそう。小学生言いそう。

 

Nam

あとさ、「墨はね、松を燃やして出てきたすすや、油を燃やしたあとをすすを、膠であわせたものでしょう、膠っていうやつが、ほら、もう、生き物の骨と皮の、うわずみだから(中略)生きた文字は、その死んだものから、エネルギーをちょうだいしてる。重油とおなじ、深くて、怖い、厳しい連鎖だね」って。

書道の墨に、普通はこんなこと考えないよね?

 

Njさん

びっくりしたなあ。

 

Nam

ねえ?こんなこと言うんだよ、この人。

 

Hさん

だからこの人、頭の良い人だったんだね?

 

Nam

めっちゃ頭イイよね。めちゃくちゃ頭イイわ。

 

Hさん

ボーリングのいろんなシステムとか、凧揚げの凧の作り方にしても、すごく理論的に説明というか、しかもわかりやすく。

 

Nam

凧とか、たぶん作った事あるんだろうね。竹ひご削って。

手漉きの紙は、十文字に漉いたものじゃないとダメとかね。

めっちゃくっちゃ、これ、ホントかウソか分かんないけど、ホントだろうと思うと、「細かい知識を得られる本」でもあるよね(笑)

 

Njさん

そうそう、最初の「スタンス・ドット」とかさ、何の事だろうと引きながら(調べながら?)、そんなことがいっぱいあったんだよね。

 

Saさん

ね、お料理のとこもね?

 

Hさん

だから、しっかり取材して書かれたんだような。

 

Nam

それにしても、その取材の仕方が「ひとあじ違う」っていうか。

なんかもう「お見事!」…でした!

だから「スタンスドット」で「川端康成賞」取ったって、「そうでしょう、そうでしょう」って思ったよ(笑)

ね「雪沼とその周辺」で、谷崎潤一郎賞だよ。

 

Kさん

確かにね、上手いよね~。ほんと。

 

Namさん

谷崎潤一郎との共通項があるかどうかは別として、川端康成賞は取るよな、って思わない?この文の上手さ。ぴったり。

で、この写真(見返しの著者紹介部分)めっちゃ若いよね?(笑)

 

Njさん

若いよね。1964年生まれだから…。

 

Hさん

この人自身の名前もね、なんかこの小説の主人公に出てきそうな、特別凝った名前じゃないっていう。しかも、岐阜県生まれよ。

 

Nam

「イラクサの庭」にでてくる料理研究家の先生の「小留知さん」っていうのだけ変わってない?

 

Hさん

変わった名前の人他にもあったよね、最後の「緩斜面」の亡くなった友だちの名前の「小木曽」とか。

 

Nam

これさ、もしもホントにこれを好き同士だったら、ホントにいちいち「ここイイよね?ここイイよね?」って言っていきたい感じだけど、Kさんがめっちゃ取り残される気がする(笑)

※とてもお若いので

 

Kさん

たぶん、取り残されますねえ(笑)

 

Hさん

でもね、やっぱり20代だったら、もっとエネルギッシュな…この本にはこれのエネルギーがあるとは思うんだけど。

 

Saさん

いろんなことがあった後の世界だから。

 

Kさん

そう、なんかエネルギーが無い感じがしますね。過去のエネルギーで動いてます、っていう感じがすごくしていて。

 

Njさん

それはそうだね。

なんかスキー場なんかも、全然、流行りのスキー場じゃなくて…。

 

Hさん

雪質はイイんだよね!

 

Saさん

分かる人には分かるみたいなね。

 

Nam

だからなんか「閉ざされた箱庭」の中を覗いているような…、感じがするよね、これはね。

「みんながそこにいて、出ていかない」っていう話だし。

で、そこで結婚して子供も産んで、色んなものを失って、で、新しいことを始める人もいるけれども、その「新しいこと」っていうのが新しくなくて「古いこと」なんだよね。レコード屋さんとか。

都会で新しいことをしていた人が、ここに来て「新しく古いことを始める」っていう(笑)

 

Hさん

あの消火器の会社に勤める人も「報酬はびっくりするほど安かった」っていう(笑)

 

Nam

だから、なんていうの、こういうの…この中でだけ循環してて、パラレルワールドではないんだけど、「この中でだけ循環している世界」。

で、とっても心地良くって、ある意味面白いし、とっても細かく、感覚的だけれども、開かれて外に出ていく話ではもちろん無いから。

 

Njさん

「取り残された世界」なんだよ。

 

Nam

だからこれは、「アトラクションを楽しむように、この世界を楽しむもの」かなあって。遊園地とかで作られたアトラクションを楽しむように…そこからは出ていかないじゃない、アトラクションって…で、その中で、ものすごく良く作りこまれたものすごく心地いい世界。

 

Njさん

で、我々の世代はあのステレオ知ってるとか、あの凧知ってるとかね。

 

Nam

しかも、なんか文章がビシバシにすごく上手くて、そういうのを楽しむもの。だから、時々この世界に入っては、「あ~いいな~」っていう(笑)

 

Njさん

そうそう、それで明日から頑張らなきゃな、みたいな(笑)

 

Nam

そういう意味では、ものすごくイイと思う。

 

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